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大阪地方裁判所 平成9年(ワ)8786号 判決

原告 片保朝子

右訴訟代理人弁護士 小林徹也

同 藤木邦顕

被告 第一生命保険相互会社

右代表者代表取締役 森田富治郎

右訴訟代理人弁護士 中里榮治

右訴訟復代理人弁護士 万代佳世

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

被告は、原告に対し、四〇〇万円及びこれに対する平成七年一〇月二五日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  本件は、保険者を被告、被保険者及び保険契約者を亡片保榮(以下「榮」という。)、保険金受取人を原告とする養老保険契約に基づき、医療過誤を原因とする榮の死亡による主契約死亡保険金三〇〇万円と傷害特約に基づく災害保険金一〇〇万円とを合わせた四〇〇万円及び榮の死亡日の翌日から商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。

二  争いがない事実等

1  榮(昭和五年三月二〇日生)は、保険者である被告との間で、平成七年三月一日、次の内容の新種特別養老保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。争いがない。なお、甲第一号証並びに乙第一号証の1及び2。)。

(一)保険契約者・被保険者 榮

死亡保険金(災害保険金も含む。)受取人 原告

(二) 保険金

(1)  主契約に基づく死亡保険金 三〇〇万円(平成六年九月二八日改正新種特別養老保険普通保険約款(以下「主契約約款」という。)一条)

被保険者が、保険期間中に死亡したときに支払う。

(2)  傷害特約に基づく災害保険金 一〇〇万円(傷害特約条項四条及び別表2)

被保険者が不慮の事故(急激かつ偶発的な外来の事故で、かつ、昭和五三年一二月一五日行政管理庁告示第七三号に定められた分類項目中10「外科的及び内科的診療上の患者事故。ただし、疾病の診断、治療を目的としたものは除外する。」。ただし、その内容は、「厚生省大臣官房統計情報部編、疾病、傷害および死因統計分類提要、昭和五四年度版」による。)による傷害を直接の原因としてその事故の日から起算して一八○日以内に死亡したときは、災害保険金を主契約の死亡保険金受取人に支払う。

(三) 保険金の請求・支払時期(主契約約款四条四項)

保険金は、事実確認のため特に時日を要する場合のほか、その請求に必要な書類が被告の本社に到着した日の翌日から起算して五日以内に支払う。

(四) 告知義務違反及び保険契約の解除(主契約約款一七条ないし一九条及び傷害特約条項一六条)

(1)  被告が保険契約の締結の際、書面で告知を求めた事項について保険契約者又は被保険者は、その書面により告知することを要する。ただし、会社が指定する医師が口頭で質問した事項についてはその医師に口頭により告知することを要する。

(2)  保険契約者又は被保険者が故意又は重大な過失によって、前項の告知の際に事実を告げなかったか又は事実でないことを告げた場合には、被告は将来に向かって保険契約を解除することができる。

(3)  被告は、保険契約の締結の際、解除の原因となる事実を知っていたとき又は過失のため知らなかったときは、前項による保険契約の解除をすることができない。

(4)  被保険者の死亡が解除の原因となった事実によらなかったことを保険金の受取人が証明したときは、保険金を支払う。

(5)  告知義務違反によって被告が保険契約を解除する場合に、正当な理由によって保険契約者に通知できないときは、保険金の受取人に通知する。

2  榮は、平成七年一〇月二四日、死亡した(争いがない。)。

3  被告は、死亡保険金受取人である原告に対し、榮の死亡後である平成八年一月一七日に到達した書面により、本件保険契約を解除する旨の意思表示をした(乙第一号証の1、乙第一一号証。)。

三  争点

1  保険事故の発生(請求原因)

(一) 原告の主張

(1)  主契約に基づく請求

榮は、保険期間内である平成七年一〇月二四日、死亡した。

よって、被告は、原告に対し、死亡保険金三〇〇万円を支払うべき義務を負う。

(2)  傷害特約に基づく請求

榮は、平七年一〇月一二日に行われた胆石症に係る手術の際、担当医師が過失によって榮の十二指腸に穿孔を生ぜしめたことにより、内容物が腹膜内に漏出し、腹膜の損傷及び細菌感染が惹起され、被閉塞性壊死性腸炎を原因とする汎発性腹膜炎によって死亡した。

胆のう切除腹腔鏡手術の際に十二指腸穿孔を生じさせたことは、榮はもちろんのこと担当医師さえ全く予期しなかったものであり、事故後一二日間で死亡に至っているし、被保険者が従前から有する疾病等の発現ではなく、医師の医療行為の過誤という身体の外からの作用であるから、右死亡事故は、傷害特約所定の不慮の事故に当たる。

よって、被告は、原告に対し、災害保険金一〇〇万円を支払うべき義務を負う。

(二) 被告の主張(傷害特約の適用について)

傷害特約は、傷害保険の実質を有するから、急激かつ偶発的な外来の事故による身体の傷害であるべきところ、医師の診療行為は、人の身体に対して多少なりとも侵襲を加えるものであり、それゆえ原則として患者又はその家族の同意・承諾の下に行われるものであるから、<1>急激性及び<2>偶発性の要件をいずれも欠く。

2  遅延損害金(請求原因)

(一) 原告の主張

商法所定の年六分の割合による遅延損害金の支払を榮死亡の日の翌日から求める。

(二) 被告の主張

(1)  被告は、相互会社であって社員相互の保険を行うことを目的とする社団法人であり、商法上の会社ではないし、被告が行う行為は営業的商行為ではない。

したがって、被告に商事法定利率の適用はない。

(2)  主契約約款四条の趣旨は、保険金は、同約款所定の請求書類が保険会社の本社に到達した日の翌日から五日目が保険会社の保険金支払義務の履行期限となるが、免責事由、告知義務違反の有無等の事実関係の確認を要する場合、その確認に合理的な必要な日数分だけ保険会社の保険金支払債務の履行期限が延びるということである。

本件では、原告の請求に必要な書類が被告の本社に到達したのは平成七年一一月九日であるが、後述する告知義務違反の有無の確認のために特に時日を要する場合に当たり、右事実確認が終了したのは平成七年一二月一八日であるから、遅延損害金の起算日は、同月二三日である。

3  傷害特約の適用除外(抗弁その1)

(一) 被告の主張

原告主張の事故は、疾病の診断、治療を目的とした処置上の事故であり、前記分類項目10のただし書により、傷害特約の適用から除外される。

(二) 原告の主張

前記分類項目10のただし書は、本来的に危険な行為、すなわちその手術により死亡の危険性があること自体について患者又は家族の同意・承諾がある場合や先端的医療であって危険が伴うが本人や家族の同意を得てしたところ結果的にその医療行為が問題であるとされたような場合に限定して適用されるべきである。

4  告知義務違反に基づく解除(抗弁その2)

(一) 被告の主張

(1) ア 商法六七八条並びにそれと同趣旨の主契約約款一七条、一八条及び傷害特約条項一六条所定の告知義務の対象となる「重要な事実」とは、取引通念上被保険者の危険を予測する上で重要な事実であって、保険者がその事実を知っていたら、契約を締結しなかったか又は契約条件を変更しなかったと客観的に認められるようなものをいい、直接生死にかかわる事実に限られない。

そして、告知を告知書に記載された質問事項によって行う旨約款上定められている本件の場合、告知書に記載された質問事項は、特段の事情のない限り、重要な事実に当たる。

イ 榮は、平成四年六月八日、全身掻痒感、全身倦怠感を主訴として大谷医院を受診し、血液検査等の結果、同月二六日、C型肝炎と診断され、投薬等の治療を受け、被告に対する告知日前の平成七年一月二六日までに合計六〇日通院し、合計五五二日分の投薬処方の治療を受けた。

さらに、榮は、平成六年一二月一日から同月三日までの間に、大阪警察病院内科において腹部膨満感、空腹時の心窩部鈍痛、腰痛等を主訴として人間ドックを受診し、諸検査の結果、肝機能異常、胆石、胆のう壁肥厚が認められ、C型慢性肝炎の疑い、HCV抗体陽性、胆石の疑いとの診断を受け、二日間通院し、同月一六日のCTスキャン検査により胆石症が判明し、慢性胆のう炎の疑いありとも診断された。

ウ C型肝炎、胆石症、胆のう炎は生命に危険のある重大な疾病であるから、被告が、榮から、それらの診断を受けた旨の告知を受けていれば、同一の条件では保険契約を締結しなかったものであるから、右事実は重要な事実に当たる。

仮に、重要な事実が直接生死にかかわる事実に限られるとしても、C型肝炎は治療が困難であり、肝硬変ひいては肝がんに移行する可能性があるし、胆石症を放置すると、胆のうが腐って破れたり、胆石が胆管に詰まって黄だんや炎症を起こした上、肝臓に腫瘍を作ったり、すい臓に影響を与えたりし、胆石があると胆道がんを合併し易くなるから、右疾病に罹患している事実は重要な事実に当たる。

(2)  榮は、平成七年二月六日、被告から委託を受けた診査医である吉田貢三(以下「吉田医師」という。)の検診を受けた際の回答に基づき、告知書(乙第三号証)に記載された「最近三か月以内に、医師の診療、検査、治療、投薬をうけたことがありますか。また、その結果、検査、治療、投薬をうけたことがありますか。」「過去5年間以内に、病気やけがで、7日間以上にわたり、医師の診察、検査、治療、投薬を受けたことがありますか。」「過去2年間以内に健康診断、人間ドックをうけて、左記の臓器や、検査の異常(要再検査・要精密検査・要治療を含みます)を指摘されたことがありますか。

心臓、肺、胃腸、肝臓、腎臓、すい臓、胆のう、子宮、乳房、血圧測定、尿検査、血液検査、眼底検査」

との質問事項に対し、すべて「いいえ」と回答した。

(3) ア 榮は、C型肝炎に罹患していたこと及び胆石症や胆のう炎の疑いがあること、それらの事実が告知義務の対象となる重要な事実に属するものであることを知っていたが、あえて告知しなかった。

イ 榮は、C型肝炎に罹患していたこと及び胆石症や胆のう炎の疑いがあることを知っていたが、それが重要な事実に当たるものであることを知らなかったことについて重過失がある。

ウ 榮は、医師から定期的な受診も勧告されていたし、腹部膨満感という自覚症状もあったのであるから、それらの点についての質問がされた以上、それらの点を告知すべきであると認識しなかったことについて重大な過失がある。

(二) 原告の主張

(1)  告知義務の対象となる「重要な事実」は、医師から入院を勧告されていた、直接生命に危険のある疾病に罹患していた、秘匿していた疾病による入院歴がありその疾病により死亡したなど直接生死にかかわる重大な事実に限られ、C型肝炎、胆石症、胆のう炎は死亡に至る可能性が低い疾病であるから告知義務の対象となる重要な事実に当たらない。

(2)  榮は、平成六年一二月一日に「腹部膨満感、空腹部の心窩部鈍痛、腰痛」を主訴として受診しており、通院中は自覚症状もなく、投薬も受けていない。

結局、榮が確定的に病名の告知を受けたのはC型肝炎だけであり、胆石症や胆のう炎はその疑いだけである。

また、医師から、脂肪の摂取を控え、定期的な受診をするようにとの指示を受けたのみであり、入院等を勧告されていない。

また、同年一二月一六日に実施されたCTスキャンにより胆石症と診断されたものの、手術を行うよう指示を受けていない。

(3)  榮は、小学校卒であり、三〇歳ころまで父親とともに旅芸人をし、その後は清掃会社勤務や船員等職を転々としていた。

このため、榮は、疾病に関する知識が一般の社会人と比較しても十分なものではなく、せいぜい自己の体調から自分の健康状態を判断する程度であった。

榮は、特に医師から入院や手術の勧告を受けておらず、せいぜい腹部の膨らみを気にしていた程度であり、自分が告知すべき重要な疾病に罹患しているという認識を全く欠いており、告知しなかったことに悪意・重大な過失はない。

5  被告診査医の過失による重要な事実の不知(再抗弁その一)

(一) 原告の主張

被告の委嘱に係る吉田医師は、平成七年二月六日、榮を検診しており、告知を受ける以上に榮の健康状態について知る機会を有しており、診療証明書(乙第五号証)によれば榮の腹部膨満、全身掻痒感を認められたのであるから、医師の診断書の提出を求めるか、自ら検査を実施し、内臓疾患についてさらに調査すべきであった。

したがって、被告は、商法六七八条一項ただし書又はそれと同趣旨の主契約約款第一九条、傷害特約条項一六条所定の過失により前記C型肝炎等の重要な事実を知るに至らなかったから、本件保険契約を解除することはできない。

(二) 被告の主張

商法六七八条一項ただし書及びそれと同趣旨の主契約約款一九条、傷害特約条項一六条所定の過失がないとは、医師が診断に使用するすべての検査を尽くすことを要するものではなく、告知の有無及びその内容、程度に従い、通常容易に重要な事実を発見することができる程度の注意を払えば足り、検査の程度は、当該保険契約締結時における保険診査において一般に行われる検査をすれば足りる。

吉田医師が、検診した際、榮にはじんましんの症状は認められなかった。

また、全身掻痒感や全身倦怠感は自覚的なものであり、腹部膨満は、その日の状態や食前食後によっても異なるので、本人からの申出がなければ発見は困難であるところ、吉田医師は、榮からその旨の申出を受けていない。

したがって、被告に過失はない。

6  因果関係の不存在(再抗弁その二)

(一) 原告の主張

榮の死亡の原因は、非閉塞性壊死性腸炎を原因とする汎発性腹膜炎によるものであり、告知しなかった胆石症やC型肝炎によるものではない。

(二) 被告の主張

(1)  因果関係が欠けつしているというためには告知すべき事実と結果との間に全く因果関係がないことが必要である(大審院昭和四年一二月一一日判決)。

(2)  榮は、そもそも胆石症がなければ、腹腔鏡下胆のう摘出術を受けることはなかった。

また、榮は胆石症が原因で、慢性胆のう炎を起こしていたと思われ、この慢性胆のう炎がなければ、胆のうが周囲の大網や十二指腸と癒着することもなく、術操作による十二指腸穿孔やそれに続く胆汁性腹膜炎、血圧低下、非閉塞性壊死性腸炎も起こすことはなかった。

さらに、榮のC型肝炎は、治療を要する状態にあった慢性C型肝炎であると考えられ、これが肝不全の発症に大きく関係していることは明らかである。

(3)  したがって、胆石症、胆のう炎、C型肝炎と榮の死亡との間には全く因果関係がないとはいえない。

7  信義則違反(再抗弁その三)

(一) 原告の主張

(1)  告知書における署名は、保険契約者自らが告知事項に回答してそれを確認した後に行うべきであるが、本件では、榮は、白紙に署名させられ、告知の内容を確認していない。

また、吉田医師は、榮に対して、告知事項の内容について十分に説明すべき義務を負っていたが、吉田医師はそれを怠った。

さらに、榮は、事後的にも告知の内容を確認する機会を与えられていない。

(2)  以上の事実に照らせば、被告が本件保険契約を解除することは、信義則に反し許されない。

(二) 被告の主張

(1)  吉田医師は、診査録の順序に従って、記載されている表現のとおり質問するよう要請されており、積極的にその内容についてまで説明すべき義務は負っていない。

さらに、榮は、吉田医師の質問に対し、正直に回答しなかった。

被告は、榮に対し、本件保険契約成立後に告知書の写しを送付しており、榮は、告知の内容を確認する機会は与えられていた。

(2)  したがって、被告が本件保険契約を解除することは何ら信義則に反しない。

第三争点に対する判断

一  争点1(保険事故の発生)について

1  争いがない事実、甲第三、第四号証、乙第一〇号証及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

榮は、平成六年一二月六日、大阪警察病院において、胆石症との診断を受け、平成七年一〇月九日、胆石症の治療のため、大阪警察病院に入院し、同月一二日、胆石症に関し、腹腔鏡下胆のう摘出術を受けた。

榮は、平成七年一〇月一三日、十二指腸穿孔による胆汁性腹膜炎を併発し、再手術が行われたが、同月一五日、血圧が低下し、壊死性腸炎との診断を受け、同日、広範回腸切除術を受けた。

榮は、肝不全、腎不全を発症し、平成七年一〇月二四日、胆石症術後の胆汁性腹膜炎からショック状態となり、血圧低下による非閉塞性壊死性腸炎を原因とする汎発性腹膜炎によって死亡した。

2  右事実からすると、主契約による死亡保険金請求に係る保険事故の発生は認めることができるが、傷害特約による災害保険金請求に係る保険事故の発生は、急激かつ偶発的な外来の事故ということができない(医師の過失を認めるに足りる証拠もない。)から、認めることができない。

二  争点2(遅延損害金)について

1  原告は、起算日が榮死亡の日の翌日であるとして遅延損害金を請求する。

しかしながら、後述する告知義務違反の有無は、特に時日を要する場合に当たるものといえ、原告の保険金請求書類が被告本社契約サービス部保険金課に到達したのが平成七年一一月九日であること及び事実確認が終了したのが同年一二月一八日であることは当事者間に争いがないから、本件における遅延損害金の起算日は平成七年一二月一九日である。

2  被告は、相互会社であって社員相互の保険を行うことを目的とする社団法人であり、商法上の会社ではないし、被告が行う行為は営業的商行為ではないから、遅延損害金の利率は商法所定の年六分ではない旨主張する。

しかしながら、保険業法二一条二項によって商法五一四条は相互会社の行う行為に準用されるものとされており、被告は相互会社であるから、保険金の支払義務に関する遅延損害金の利率は商法所定の年六分である。

したがって、被告の右主張は採用できない。

三  争点3(傷害特約の不適用)について

1  仮に、榮が大阪警察病院の担当医師の過失により死亡したことを前提として右医療事故が傷害特約条項別表2分類項目10所定の「外科的および内科的診療上の患者事故」に当たるとしても、榮の死亡事故は、前記認定事実に照らし、胆石症という疾病の治療を目的とする手術から生じたものであるから、傷害特約約款別表2分類項目10ただし書所定の「疾病の診断、治療を目的とするもの」に当たり、本件傷害特約の対象となる不慮の事故から除外される。

2  原告は、傷害特約約款別表2分類項目10ただし書は、医師の故意又は過失に基づく事故には適用されない旨主張する。

しかしながら、傷害特約約款別表2分類項目10所定のただし書は、傷害保険たる性質を有する本件特約の対象から疾病を原因とするものを明確に除外することを目的とし、疾病に対する医師の診療行為から生じた事故は、その基礎に疾病が存在するものであるから、特約の保険事故の対象から除外されることを明確にしたものということができ、原告の右主張は採用することができない。

四  争点4(告知義務違反による解除)について

1  争いがない事実、甲第七号証及び乙第五ないし第八号証によれば、次の事実が認められる。

(一) 榮は、平成四年六月八日、全身掻痒感、全身倦怠感を主訴として大谷医院を受診し、同月二六日にC型肝炎に罹患している旨の告知を受けた後、その治療のための投薬を受け、平成七年一月二六日までに合計六〇日通院し、合計五五二日分の投薬処方を受けた。

榮は、平成六年一二月一日から同月三日までの間に、大阪警察病院で腹部膨満感、空腹部の心窩部鈍痛、腰痛等を主訴として人間ドックを受診し、諸検査の結果、肝機能異常、胆石、胆のう壁肥厚が認められ、同月二日にC型慢性肝炎の疑い、HCV抗体陽性、胆石の疑いとの告知を受け、その後二日間通院し、同月一六日のCTスキャン検査により胆石症、慢性胆のう炎の疑いありと診断され、その旨の告知を受け、平成七年一月一〇日、近医である豊中市民病院での精査、加療を受けるよう指示された。

(二) 榮は、平成七年二月六日、吉田医師の検診を受けた際、吉田医師から告知書(乙第三号証)の質問事項に基づき「最近三か月以内に、医師の診療、検査、治療、投薬をうけたことがありますか。また、その結果、検査、治療、投薬をうけたことがありますか。」「過去5年間以内に、病気やけがで、7日間以上にわたり、医師の診察、検査、治療、投薬を受けたことがありますか。」「過去2年間以内に健康診断、人間ドックをうけて、左記の臓器や、検査の異常(要再検査・要精密検査・要治療を含みます)を指摘されたことがありますか。

心臓、肺、胃腸、肝臓、腎臓、すい臓、胆のう、子宮、乳房、血圧測定、尿検査、血液検査、眼底検査」

との質問を受けたが、いずれの質問に対しても「いいえ」と回答した。

(三) 榮は、その後、大谷医院に通院、注腸、胃X-P、超音波等の諸検査を受け、平成七年五月一五日、腹部CTスキャンを受けた結果、手術治療を必要とする胆石症と判明し、同年六月八日、胆石症の治療のため大阪警察病院を受診し、同年一〇月九日、同病院に入院した。

2(一)  告知義務の対象となる「重要な事実」とは、保険者がその事実を知っていたならば、契約を締結しないか契約条件を変更しないと契約を締結しなかったと保険取引通念上客観的に認められるような被保険者の危険を予測する上で重要な事実をいい、かつ、保険者が保険契約締結に際して告知を求めた事項は、重要なる事実又は事項に当たると一応推定される。

本件についてこれをみるに、前述のとおり、榮は、告知日以前に、C型肝炎に罹患しているとの診断と告知を受け、そのための通院治療、投薬を受け、また、人間ドックを受診し、胆石症、胆のう炎の疑いがある旨及び精査、加療を受ける必要がある旨の告知を受けていたのであるから、仮に、被告が、右各事実の告知を榮から受けていれば、大谷医院や大阪警察病院における検査や治療の内容等についての詳細な告知を要求され、少なくとも、榮との間で本件保険契約を同じ条件で契約を締結することはなかったであろうことが推認され、かつ、それらの事実は前記各質問事項に該当するものであるから、榮が、吉田医師から前記の各質問を受けながら、あえていずれの質問に対しても「いいえ」と回答し、C型肝炎に罹患し、胆石症及び胆のう炎の疑いがあった事実並びにC型肝炎の治療、検査及び投薬並びに胆石症及び胆のう炎の検査を受け、かつ、精査、加療を受けるよう医師に指示されていたのに、そのような事実を否定する告知したことは、商法六八三条・六六四条が準用する同法六七八条一項本文にいう重要な事項について不実のことを告げた場合に当たるものと認められる。

(二)  これに対し、原告は、告知義務の対象となる重要な事実は、直接生死にかかわる重大な事実に限られる旨主張するが、独自の見解であって採用することができない。

3  次に、榮の悪意又は重大な過失について検討する。

榮が、平成四年六月二六日、大谷医院においてC型肝炎に罹患している旨の告知を受け、その後、およそ月一回ないし二回、右医院に通院し治療及び投薬を受け、告知日の約一〇日前にも同医院に通院していたこと、告知日の約二か月前に人間ドックを受け、その際、胆石症及び胆のう炎の疑いがあるとの診断を受け、その旨及び精査、加療を要する旨の告知を受けていたこと及び平成七年二月六日ころにも、全身倦怠感、全身掻痒感があったことは前記認定のとおりであり、これらの事実に照らせば、榮が、本件保険契約締結に当たり、C型肝炎に罹患し、胆石症及び胆のう炎の疑いがあり、それらについての検査、C型肝炎の治療を受けていたことを告知しなかったことにつき悪意又は少なくとも重大な過失があったといわざるを得ない。

五  争点5(被告診査医の過失による重要な事実の不知)について

1  争いがない事実、甲第六号証、乙第三号証、乙第四号証及び証人吉田貢三の証言によれば、次の事実が認められる。

(一) 吉田医師は、平成七年二月六日午後八時二〇分、榮方に赴いて診査を開始した。

まず、吉田医師は、告知書(乙第三号証)の「受診者」欄に氏名、性別、生年月日、告知日を榮に記入してもらい、職業欄及び会社名を榮から聴取して記入した。

次に、吉田医師は、榮に対し、診査録に基づき、告知書と同内容の質問事項の項目を順次読み上げ、回答を促したところ、いずれも「いいえ」との回答であったのでその旨診査録に記入した。

次に、吉田医師は、榮の上着を脱がせ、肌着をめくって、同人の胸部や腹部を視診、触診、打聴診等をし、一般状態、手術痕等の存否、胸部、腹部、神経系、感覚器、運動器の異常の存否を調べた後、身長、体重については榮より数値をきいて記入し、さらに、脈拍数、血圧値をそれぞれ調べ、尿検査を実施した。

吉田医師は、榮に対し、診査終了後、告知内容を読み上げて確認し、診査録の診査日時欄に午後八時三〇分と記入した。

(二) 吉田医師は、帰宅後診査録の告知内容を、告知書(乙第三号証)及び検診書(乙第四号証)に清書して、被告本社査定課に送付した。

被告本社査定課は、右書類に基づき本件保険契約には特に問題がないと判断し、審査は終了した。

2(一)  商法六七八条一項ただし書及びそれと同趣旨の主契約約款一九条所定の過失がないとは、医師が診断に使用するすべての検査を尽くすことを必要とするものではなく、告知の有無及びその内容程度に従い、通常容易に告知すべき事実を発見することができる程度の注意を保険者が払えば足りると解するのが相当である。

本件においてこれをみるに、前記認定事実、乙第二四号証及び証人吉田貢三の証言によれば、全身掻痒感はそもそも被保険者の愁訴がなければ発見し難いものであるし、腹部膨満感は視診、触診によっては単なる肥満と区別することは困難であって本人の愁訴によらなければ発見することは困難であるし、榮が告知日である平成七年三月一日にも他覚的に腹部膨満と認められるような状態にあったこと及びじんましんを発症していたことを認めるに足りる証拠はないし、被告診査医である吉田医師が、告知書の質問事項に従った質問を行ったところ、榮から再検査の必要性をうかがわせるような回答が全く得られなかった上、榮の肌着をまくってその胸部から腹部にかけて視診、聴診、打聴診を行い、尿検査も行ったが、榮の健康状態について何らかの異常をうかがわせるような事情が存在したと認めることはできないから、榮がC型肝炎、胆石症に罹患し、胆のう炎の疑いがあり、それらにつき通院加療を受けていたことに吉田医師が気が付かなかったとしても、吉田医師ひいては被告の過失があるということはできない。

(二)  原告は、吉田医師が、C型肝炎、胆石症及び胆のう炎を発見するための検査等を行うべき義務を負っていた旨主張する。

しかしながら、保険者が保険契約を締結する際に危険測定の資料について積極的に調査、収集することとすると、保険者は多大な労力と費用を要し、最終的には、保険契約者にそれに伴う費用が転嫁されることとなり、ひいては、保険制度そのものの発展が阻害されることとなるから、危険測定の資料を容易に入手できる立場にある被保険者に告知義務を負わせ、保険者が告知を受けた事実を基礎に危険測定の資料を収集するものとされている。

したがって、保険契約者がした告知と無関係に、保険診査医がC型肝炎、胆石症及び胆のう炎を発見するための検査等を行うことは全く想定されていないのであって、そのような検査を行うべき義務を認めることはできない。

したがって、原告の右主張を採用することはできない。

六  争点6(因果関係の不存在)について

原告は、榮の死亡の原因は、非閉塞性壊死性腸炎を原因とする汎発性腹膜炎によるものであり、胆石症やC型肝炎によるものではないから、被告は、解除によっても支払義務を免れない旨主張する。

しかしながら、因果関係がないというためには告知すべき事実と結果との間に全く因果関係がないことをいうと解すべきである(大審院昭和四年一二月一一日判決参照)。

前記認定事実並びに甲第三、第四号証及び乙第一〇号証によれば、榮は、非閉塞性壊死性腸炎を原因とする汎発性腹膜炎により死亡したこと、非閉塞性壊死性腸炎は十二指腸穿孔による胆汁性腹膜炎からショック状態となり血圧低下により生じたものであること、十二指腸穿孔は、胆石症の手術治療のために、腹腔鏡下胆のう摘出術の施術を受けたが、胆のうと大網、十二指腸の癒着が強固であったため発症したものであること、そもそも胆石症がなければ、腹腔鏡下胆のう摘出術を受けることはなかったといえること、直接死因ではないが、汎発性腹膜炎及び壊死性腸炎の傷病経過には急性肝不全が影響を及ぼしたこと、急性肝不全は、C型肝炎が基礎になくても発症した可能性はあるが、全く因果関係がないとはいえないことが認められるから、胆石症、胆のう炎、C型肝炎と榮の死亡との間には全く因果関係がないとはいえない。

したがって、原告の右主張を採用することはできない。

七  争点7(信義則違反)について

原告は、被告が本件契約を解除することは信義則に反する旨主張する。

しかしながら、乙第二八号証及び乙第二九号証によれば、被告は、榮に対し、契約成立日以後に、告知書の写しを送付したことが認められ、榮は、告知の内容を事後的にも確認していたと考えられるのであって、保険契約者が告知書に署名した時期が告知前であったからといって、告知書の記載が不正確であるということはできないし、本件質問事項の内容は、平明で特に説明を必要とするような内容ではないといえるから、吉田医師がその内容について説明すべき義務を負うことを認めることはできない。

かえって、榮としては、単に前記各事実を吉田医師に告げれば足り、かつそうすることは極めて容易であったといえるから、榮の側にこそ責められるべき点が認められ、被告による解除が信義則に反するということはできない。

したがって、原告の右主張を採用することはできない。

(裁判長裁判官 若林諒 裁判官 上村考由 裁判官 松井英隆は、転補のため、署名捺印することができない。裁判長裁判官 若林諒)

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